「つながる地域のものづくり」第4回 山口陽介氏【型にとらわれない自由な庭づくりを】

造園「西海園芸」の山口陽介氏

地元を拠点とし、ものづくりに取り組む人々にスポットを当てる本企画。
日本が誇る技術を継承する職人、古き良き伝統を紡ぐ工房、地元を盛り上げる取り組みに挑戦する企業など、地域に根差してものづくりと向き合う匠たちを紹介していきます。

記事の最後には、“匠が惚れる匠”として、次回の出演者へバトンをつないでもらいます。

第4回は、造園「西海園芸」の山口陽介氏。2代目となる山口さんですが、初めは家業を継ぐ気はなかったとか。そんな山口さんが、庭の世界に引き込まれたきっかけをお話ししてくれました。

庭への興味がなかった10代

「西海園芸」は父親が設立して、そろそろ創業50年を迎えます。僕は2代目ですが、10代の頃は庭に一切興味がありませんでした。高校生時代はファッションとか華やかなものが好きで、卒業したら友達が経営している洋服屋さんで働こうと考えていたくらいです。

庭の仕事自体は、たまにアルバイトとして父親の手伝いをしていましたが、昔は3Kと言われる職業だったんです。きついし、汚いし、危険だし……。だから、父親の跡を継ごうという気持ちはしばらくありませんでした。

うちの父親は頑固な職人気質の人間なんですよ。僕が高校3年生の頃だったか「1回一通り庭の仕事をやってみろ」と言われて。父親から頼まれたのは初めてだったこともあり、とりあえず1カ月くらいやってみようと思いました。

京都での修行で「命」に気づく

どうせやるなら庭といえば京都かな、と高校生ながらに考え、縁あって京都で修行させてもらうことに。ところが、それがとにかく地獄でした。親方は辛口だし、重労働だし……。本気で「1カ月で辞めてやる!」って思いながら仕事をしていましたね。

毎朝6~7時頃に家を出て、夜遅くに事務所へ帰る。そのあと、弟子の僕には水やりの仕事があるんですよ。植木に1時間くらいかけて水をあげなきゃいけなくて。そんなの、疲れ果てている18歳の若造が真面目にやるわけがないじゃないですか。

携帯いじったりしながら水やりをして、だいたいの時間を見計らって「終わりました」って報告する。そんなことを1週間くらいやっていたら、案の定、木が枯れちゃったんですよ。親方にはボロクソに怒られました。たしか、ツツジだったかな。ツツジは、水切れに弱いんですよね。

その枯れたツツジを見て、「枯れた」じゃなくて「死んだ」って思ったんです。そこに命があることをツツジに教えてもらった気がします。そこが、僕のターニングポイントですね。以来、「庭って何だろう」という根本的なことから考え始め、庭の世界にのめり込んでいきました。

東京「UPI表参道」 撮影:田中克昌 
東京「UPI表参道」 撮影:田中克昌

今思えば、親方は僕が水をちゃんとあげてないことくらい、わかっていたはずなんです。でも、言わなかった。僕自身で気が付くのを待っていたんでしょうね。おかげで今の僕に至っているんだと思います。

本場の「ガーデニング」を知るためロンドンへ

今から20年前くらいですかね。「ガーデニング」という言葉が世間に広まり始めました。趣味で見ていたファッション系の雑誌などでも、目にしていて。でも、当時の京都には本物のガーデニングを知る人はほとんどいなくて。それで、本物のガーデニングを学んでみたいと思って渡英を決意しました。

基本的に「行けばなんとかなる」という甘い考えで、ロンドンに1人だけ知り合いがいたので、最初の1週間はそこで世話になりました。当時はロンドンにも日本人がたくさんいたのも救いでした。街に出ては日本人を捕まえて、コミュニケーションをとって交友関係を広げていきました。そんなこんなで、運よく「キュー・ガーデン」(ロンドン南西部に位置する王立植物園)で働くことになったんです。

世界最大級の植物園で働く

キュー・ガーデンって、日本でいえば皇居みたいなもの。身分の怪しい人が気軽に入れるようなところじゃなんですよ。面接のときに、日本での作品を見せて「俺を雇わない手はないぞ」って力説したのが功を奏したんだと思います。

キュー・ガーデンには日本庭園のセクションもあって、始めはテンパレートハウス前のバラ園に配属されて、しばらくして、日本庭園のセクションボスから声がかかったんです。「京都で修行した日本人は君か? うちの庭園を見てくれ」って。

見せられた日本庭園は、すごくチープな雰囲気。手入れが全然行き届いていない。率直に「この切り方はダメだ」って伝えました。そしたら「この椿を切ってみろ」って。口ではそう言うけどできるのか? って試されたわけです。

海外にはない、日本の「手入れ」技術

僕は切る意味一つひとつを説明しながら剪定していきました。100回ハサミを入れたら、100回の説明をする。たとえば「この枝を切ることで、ここから光が入って、ここの脇芽が強くなる」みたいな。

日本の手入れの技術って、世界でも最高峰だと思うんですよ。切ることすべてに意味がある。切り方に明確な定義があるんです。海外の場合、そもそも「手入れ」の概念がない。伸びたら切る! って感じで、シンプルすぎるんです。

手入れが終わった後は「Amazing! カットボスをやってくれ」と頼まれました。しばらく日本庭園セクションで働いているうちに、ふと思ったんです。「あれ、俺は何のためにロンドンへ来たんだっけ?」

日本庭園を教えるためじゃなくて、ガーデニングを学びに来たのに……そう気づいた瞬間「辞めよう!」と、気持ちが切り替わりました。それからはバックパッカーになって、オランダ、イタリア、フランス、スペイン……ヨーロッパ中心に各国を巡りました。

世界を知ったことで、より柔軟に

ロンドンでの経験は、自分の頭を柔軟にしてくれました。18歳の時に京都で庭の世界に飛び込み、庭造りの「型」ができた。そして、ロンドンで型を否定され、その型を守り抜こうと意地になったものの、最終的には壊された。凝り固まった考えを壊された結果、発想の幅が広がったので、海外に行ってよかったなって思います。

佐賀「高野寺」 撮影:石井紀久
佐賀「高野寺」 撮影:石井紀久

本当の職人は常に時代の流れについていくもの。江戸時代以降、有名な庭ってあまり作られていないんですが、ずっと「型」を守られちゃっているからなんですよね。だから、「型」を壊すことが重要。たとえば、鶯といえば「ホーホケキョ」と鳴く春を連想する人が多いと思います。でも、実は鶯って冬から春先の方が面白い。「チャッチャッ」という声で鳴くんです。海外での生活を経て、そういうことに気が付ける、柔軟で遊びのある職人になろうという想いが生まれました。

未来へ受け継がれる思い出を残したい

今新しく作っている店舗にも、遊びをたくさん取り入れています。建て替えのきっかけは、「雨漏りがひどいから」という単純な理由。でも、せっかくやるならとことん面白くしようと、いつも一緒に活動をしている茅葺き職人・相良育弥さんと、左官職人・都倉達弥さんに声を掛けました。

屋根は茅葺屋根、わらは地域のものを使用しています。スタッフみんなで拾い集めに行ったんですが、通りがかりの年配の方に「そんなもの集めてどうするの?」って言われながら集めました。形になってくると、やっぱりテンションが上がりますし、皆で作ったということが思い出にもなりますよね。建築の外壁も波佐見の土を使っています。

ただカッコいいだけでなく、人の想いが詰まった建物になる。みんなが「残したい」って思えるものに変わる。それこそが、本当に良いものだと思うんです。これからも、庭づくりを通して未来へつながる「記憶のリレー」をしていきたいですね。

山口陽介が惚れこむ茅葺きの匠

茅葺き職人の相良育弥氏
庭師・山口陽介さん、茅葺き職人・相良育弥さん、左官職人・都倉達弥さん
株式会社くさかんむりの代表でもある茅葺き職人の相良育弥を紹介します。
出会ったきっかけは、2014年の写真家エバレット・ブラウン氏の「日本の面影」展。年齢が近いこともあり、その日から意気投合しました。
伝統的な文化財の葺き替えはもちろん、店舗の壁やイベントの舞台など新しい茅葺きの表現もしていて、異業種だけど感覚が近いというか刺激を受ける事も多い、職人としても人としても魅力のある人です。

■花西海(波佐見店)※4/28(木)リニューアルグランドオープン
〒859-3701
長崎県東彼杵郡波佐見町折敷瀬郷1661
Tel:0956-85-6539 / fax:0956-85-6989

■川棚店
〒859-3615
長崎県東彼杵郡川棚町下組11-1
Tel:0956-83-3881 / fax:0956-83-3881

営業時間:10:00~18:00
定休日:火曜日

<第5回 茅葺き職人の相良育弥さんへ続く>

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